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小倉簡易裁判所 昭和58年(ハ)3589号 判決

原告

増田サチ子

右訴訟代理人弁護士

配川寿好

被告

井手口文蔵

右訴訟代理人弁護士

内川昭司

主文

被告は原告に対し、金七万円及びこれに対する昭和五八年一二月八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は北九州市小倉南区徳吉八六七―七に居住し、病気療養中のため、入院先の小倉国立病院を一時仮退院していた者であり、被告は同市同区下城野二丁目一―三に居住し造園施行を目的とする「松楽園」を経営しており、原告との後記請負契約に基づいて昭和五八年八月二〇日頃、原告宅の庭の造園施工々事をなした者である。

2  本件事件について

(一) 原告は被告との間で、昭和五八年八月一〇日頃、原告宅の庭の造園施工々事をすることを内容として、左記約定で請負契約を締結した。

(1) 完成期日 昭和五八年八月二〇日頃

(2) 請負金額 金一一三万四三〇〇円

(3) 右支払期日 原告の夫、増田貞美が、昭和五七年二月に小倉労働基準監督署に申請していた障害補償給付金の給付を受けた時点で右給付金から支払うこと。

(二) 被告は、右契約に随い、造園工事を完成させた。

(三) 被告は、昭和五八年一二月七日午後六時から八時にかけて、右約定を全く無視し、突然、右請負代金の支払請求をしてきて、その際、原告に対して次のような行為をした。

すなわち、被告は右同日午後六時に被告の息子である訴外井手口秀行(以下、秀行という)を同道し、原告宅に赴き、原告宅のドアをドンドンたたいた。

その時間、入浴中であつた原告は「しばらくお待ち下さい」と言つて、約五分後にドアを開けた。

ドアを開けると、被告は秀行と共に玄関に入り、原告が「どちらさんでしようか」と問うたところ、秀行は、開口一番「おまえは俺をなめているのか、仕事をしてもらつた植木屋の顔も忘れたのか」と言いながら、原告の胸部をついて押し倒し、起きあがろうとする原告に対し、更に、丸くまるめた紙を取り出し、この紙で原告の頭を一回たたいた。

その後、「植木の金をすぐ払わんか」と言つてきたが、原告としては余りに突然だつたので、「今すぐ言われてもどうしようもない。まだ約束の労災の金もおりてない。来年の二月までまつてもらえませんか」と答えた。しかし、秀行は、原告の右返答を全く無視し、「二月までお前の命があると思つているのか。」とか「サラ金から一〇〇万円位借りて支払え。残りは分割にしてやる。」、「近所から、いくらか借りてこい。」、「主人の会社と息子の会社の名前と住所を言え。人を雇つて勤めができないようにしてやる。」、「それができなかつたら、夜逃げをする計画をたてているのか。」、「金をとにかく一〇〇万円明日の昼までに作つてこい。残りは分割にしてやる」「最終的には子供を首にしてやる。」、「労働基準監督署の人間を呼んでこい。」等と近所に聞える程度の大声で申し向け、原告を脅迫した。

又、この言動を申し向けながら、秀行は、両手で、座つて応対した原告の両肩を前からつかみ、前後に二―三回ゆさぶつたり、まるめた紙で、原告の頭を二―三回たたいたりした。

原告は、このような秀行の余りに突然の脅迫的言動に驚愕し、歯はガタガタふるえ、体は全身けいれんをおこしたような状態になつた。

被告及び秀行は、右のような状態になつた原告をおいたまま「覚悟しておけ」と捨てぜりふをはいて、午後八時頃帰つていつた。

被告は、この間秀行の以上の言動を何ら制止することなく黙認していた。

被告が帰つてからも、原告は余りの恐怖に体の自由がきかず、座り込んだまま、一時、気を失つたような状態になり、約三〇分間経過後正気に戻つた原告は、直ちに小倉南警察署に電話で通報し被害申告をした。

(四) 被告は、昭和五八年一二月八日原告の留守中に、午前一〇時過ぎの時点で、自らが植木した原告宅の庭にある植木の内、半分程度のものを、自ら除去し、運び出してしまつていて、その後同日中にその全てを除去してしまつた。

(五) 以上(三)及び(四)記載の行為は被告と秀行の共謀によりなされたものである。

3  被告の責任

(一) 本件は、原告と被告との間の請負契約に端を発しており、金額の話、工事前の調査、工事内容の打ち合せ等全て、被告がなしており、秀行は単に被告の手足として、被告の指示通りに工事を行つたに過ぎない。

そして、その後の工事代金の支払方法の打ち合せ、工事代金の請求も全て被告がなしている。さらに、本件当日、原告方に行くことも被告が秀行に話を持ちかけていて、秀行が、原告に対し、脅迫的言動をなしたのも被告の意を伝える意図でなされている。又被告は秀行の言動を全て側で聞いており、翌日の植木の除去も、秀行と共に二人でなしている。

(二) 以上の経過からすれば、本件の秀行を中心とした脅迫的言動の責任は被告に存することは明らかである。

そして、以上の行為は被告と秀行の共謀によりなされたものであるから、脅迫的言動が専ら秀行を中心としてなされたものであつても、被告の責任を減ずる理由はない。

4  損 害

(一) 原告は、前記違法行為により、余りの恐怖に約三〇分間気を失つた状態になつた。

そして、いつ、又、被告がやつてくるかもしれないことを考えれば、夜も眠れない状態であり、その精神的苦痛は多大である。

特に、原告は、昭和五四年一〇月二〇日から子宮がん、膀胱がんで入・退院を繰り返し、当日もわずか一週間前の一一月三〇日に退院して、病身の体であり、被告もそのことを充分に知りながら前記違法行為をなしたものである。

又、被告は、前記のとおり、一旦支払予定期日を約定していながら、原告に無断で変更し、執拗に返済を迫り、勝手に変更した支払期日の支払いが不可能と判断するや、直ちに原告宅の庭に入り込み、植木を除去するといつた自力救済を行つたものである。

所有者といえども、一般に自力ないし実力をもつてその権利の実現をはかることの許されないのは、社会の平和秩序を保障するため、もつぱら裁判所その他の公的機関の介入によつてのみ、私人間の紛争を解決しようとする法治国家の当然の要請である。

被告のなした自力救済は、刑法上の窃盗罪に該当し、明白な違法行為である。

(二) したがつて、前記違法行為により受けた精神的損害に対する慰謝料は、金五〇万円が相当である。

5  まとめ

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償債権として、金五〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  1項のうち、原告及び被告がそれぞれの住所地に居住し、被告が造園施工を目的とする「松楽園」を経営しているとの事実を認め、その余は争う。

2  2項について

(一)のうち、請負契約締結の日、完成期日、請負金額、支払期日は否認する。

(二)、(三)はいずれも争う。

(四)のうち、昭和五八年一二月八日に植木を運び出したことは認めるが、これを被告が除去作業をし、かつ運び出したとの事実は否認する。その余は不知。

3  3項、4項はいずれも争う。

三  抗 弁

1  仮に、被告になんらかの不法行為責任があるとしても、本件損害の発生については原告にも過失がある。すなわち、昭和五八年一二月七日夕方、原告方において秀行に過激な言動があつたとしても、原告には債務者(請負契約について)として信義に従い誠実に債務の履行をすべき義務があり、その場面では誠実に被告に対応すべき道義的責任があるのに、かえつて、詐言を弄してその場を潜り抜けようとするなどしたため、秀行の言辞を誘発するに至つたものである。また、原告は同日夜、被告らが原告方から帰つた後間もなく、訴外山平春敏に「被告が、代金を支払わなければ植木を持つて行くと言つているので金を貸してくれないか」、「もし、そうなつたらお宅で造園してください」と電話して、被告から植木を除去されるのも已むなしと内心考えていたものであり、その他にも、原告は請負代金の支払約定(原告の長男増田美芳の給料が月に三〇万円位あるので、それから月々いくらかずつ払うこととし、残額は、夫、貞美の労災の金が近いうちに入るので、その時一括支払う。)に背き、全く、支払いをせず、昭和五八年一〇月頃になつて、子供の結婚式にお金が要るので、それが終るまで待つてくれと言つて来たものの、その後、被告において、何度も原告方に電話したが応答が無く、原告方を訪ねても留守であつた。そして、同年一一月中旬頃、被告の調査で、原告が国立小倉病院に入院していることが分つたので、入院先に原告を見舞つたが、その際、原告は一週間位で退院できるので、その時は被告方に立ち寄つて帰ると言いながら、同年一二月七日時点に於て、すでに退院していながら、同日までなんらの連絡もしなかつたものである。

2  よつて、原告の過失の割合は、すくなくとも五割とされるべきである。

四  抗弁に対する認否と反論

1  原告には請負代金支払いの遅滞は無い。右代金の支払約定は請求原因2項(一)の(3)に記載のとおりであり、原告は、何回となく、それが支給されれば、直ちに支払うことを言明している。そして、被告も、工事施工後本件まで特にこれといつた請求をなしていない。

2  債権回収の方法として、通常あるべき程度を逸脱した場合には、その取立行為自体違法行為となることは既に諸判例で確立されているところ、被告の主張は、債務者である原告に、どのような脅迫的言動を受けようとも、受忍すべきことを要求するものであつて採用の余地は無い。

第三  証 拠〈省略〉

理由

一請求原因1項について

1項のうち、原告及び被告がそれぞれの住所地に居住し、被告が造園施行を目的とする「松楽園」を経営しているとの事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は「請負契約締結の日及び造園工事施行の日」の点を除いて証拠によつて認められる。

二同2項(造園工事請負契約の締結から、昭和五八年一二月八日の植木の除去までの事実経過)について

1  原告本人尋問の結果によれば、原告主張の事実に副う事実があつたというのである。

2  これに対し、証人井手口秀行の供述及び被告本人尋問の結果によれば、

(一)  昭和五八年七月中旬頃、原告から原告宅の庭の造園工事を依頼された被告は、自分の息子である井手口秀行(以下秀行という)に工事をさせるべく原告と交渉し、代金は一〇〇万ないし一二〇万円程度とする。支払いは、原告の息子である増田美芳の給料(月額三〇万円位)からいくらかずつ支払う。原告の夫増田貞美の労災の金が入れば残金を一括して支払う、との約定のもとに、秀行は同年七月二九日に工事に着手し同年八月一日に工事を完成させた。

(二)  被告は右同月上旬頃原告からの請求により同人に工事代金のの請求書を手渡した。しかるに、その後月々の支払いは全くなされず、被告からの原告に対する連絡が仲々とれずにいる内、原告が国立小倉病院に入院していることを知つた被告は、妻と共に原告を同病院に見舞つた。その際、原告は被告夫妻に対し、「二週間位で退院するので、その際に被告方を訪ねる」旨告げながら、昭和五八年一二月七日になつても、なんの連絡もないので、同日の午後被告は再度国立小倉病院へ行つたところ、原告はすでに退院していることを告げられ、その帰りに原告方を訪ねたが留守であつた。そして原告方の近所の人に原告の評判のよくないことを聞くに及んで、その旨を秀行に話したところ、原告に不信感をいだいていた同人から一度原告方へ行つてみようと言われ、被告も同意して一緒に行くことにし、同日午後六時一〇分頃原告方に行つた。

(三)  被告らが原告方へ行つたところ、原告は入浴中であつたため、五ないし一〇分位待たされた後、原告から「どちらさんですか」と聞かれ秀行が「植木屋です」と答えると原告が玄関を開けてくれたので被告らは玄関に入り、秀行は上がり框に腰をかけ座つている原告に対し、同日六時二〇分頃から約四〇分間に亘つて、「月々いくらずつか払う約束になつていたのに、一回も払つて貰つてないし、電話もないどうなつているのか」などと請求代金の支払いを督促したのに対し、原告から「今は一銭もない、二月になれば労災の金が下りるから、それまで待つてくれ」と言われ、「労災の人に聞いてお金の出る時期がはつきり分れば待ちます」と言つたが、原告は「ここの労災の事務所は受付だけである」と言うので「それなら家の権利証を預からせて下さい」と言つたが「家は二、三の担保に入つている」と言うことで、とにかく「二月まで待つてくれ」の一点張りであつた。それで私は「二月までは待てない」と言つたが、この仕事は最初、親父(被告)と原告の話だつたので「親父が待つと言うなら待つても良い」と言うと原告は被告に「二月まで待つて下さい」と言つていたが、被告は、「今まで電話もかかつてこないし、全然誠意がないので待てない」と言つた。それで秀行は最終的に「明日の昼までに八〇万円を作つてくれ、それができなければ、明日植木を待つて帰る」と言つて、被告と共に原告方を出て被告方に廻つて自宅へ帰つた。

(四)  そして翌日午前中に被告と秀行とで植木を運び出した(概略として)、ものであるという。

3  案ずるに、原告本人尋問の結果は、〈証拠〉に照らして、誇張、作為、及び明らかに事実に反する部分が散見されるところ、請求原因2項の(一)はこれを認めるに足る証拠はなく、むしろ、被告らの供述どおりであると思われる。請求原因2項の(二)については、〈証拠〉により、昭和五八年八月一日秀行に於て該工事を完成させたことが認められ、右工事は、原、被告間の当初の経緯から考察して、被告自身の請負工事であると解するのが合理的であるので、「工事完成の日」を除いて肯認することができる。

先に検討したとおり、原告本人の供述には誇張等が散見され、昭和五八年一二月七日夜の秀行の言動に関する供述も、事細かに、いずれが真で、いずれが偽かは、にわかに判断しがたいところであるが、右供述の全てが原告の創作にかかるものであり、虚言であると解するのは相当でない。すなわち、〈証拠〉を総合すれば、被告らは既に原告に対し強い不信感を抱いていたこと、右同日は午後六時一〇分頃から約一〇分間原告方の玄関先付近で待たされたこと、同六時二〇分頃から約四〇分間に亘つて工事代金の支払いを迫り、秀行は、原告の応待に対して、相当に激昂していたこと、被告らは翌日午前中直ちに植木を除去したこと、原告は、昭和五八年一二月七日午後七時ないし八時頃に山平春敏方に、同日の事に関し電話をした際涙声であつたことがそれぞれ認められ、これらの事実に、原告本人の供述の具体性及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因2項の(三)ないし(五)は、秀行が原告に対し暴行を加えたとする部分及び原告は三〇分位気を失つた状態になつていたとする部分を除いて、概ね、これを肯認することができる。もつとも右(三)中の秀行の過激な言動は、後記のとおり、原告の不誠実な対応によつて誘発されたものと認められる。

三請求原因3項及び4項について

〈証拠〉によつて、先に認定した事実に反しない限度で肯認することができる(但し4項の原告の初診時は同年一一月二〇日と認める。)。

四抗弁(過失相殺)について

抗弁事実は、被告から植木を除去されるのも已むなしと内心考えていたものであるとする部分及び原告が昭和五八年一〇月頃になつて、子供の結婚式にお金がいるので、それが終るまで待つてくれ、と言つて来たとする部分は、これを認めるに足る証拠はないが、その余の事実は、〈証拠〉により肯認することができる。

五以上(請求原因及び抗弁に関する認定事実)に反する〈証拠〉はいずれも先に説示のとおり、にわかに採用できない。

六結 論

1 以上被告らの所為は、債権の回収方法として通常あるべき程度を逸脱した違法行為であり、なかんずく法的手続を経ることなく、自力をもつて、原告の庭から植木を除去するといつた所為は、社会秩序維持の見地から到底許されない明白な違法行為と認められ、被告は原告に対し、当該違法行為により原告が被つた損害の賠償義務を負担すべきは明白である。

しかして、原告が被つた精神的損害は右認定に係る被告らの違法行為の態様と、原、被告間の請負契約の締結から自力で植木を除去するまでの経緯を総合すれば、金七万円(原告の過失は三割とするのが相当である)をもつて相当と認める。

2  よつて、原告の本訴請求は、本件損害賠償請求金のうち、金七万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年一二月八日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官川原精孝)

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